昔、PC周辺機器メーカーに勤めていた頃の話です。
ある台湾企業が開発したマウスが、こちらの想像を軽く超えて大ヒットしました。売れ行きは伸びる一方。次の一手も急いで形にしたい。そんな流れで私は視察と次のヒット商品の打ち合わせを目的に、彼らの製造工場がある中国へ出張することになりました。
工場の視察は順調でした。生産ラインの確認も、品質の話も、次の製品の方向性も、手触りのある形で前に進む。「これはいい出張だな」と、少し肩の力が抜けたのを覚えています。
そして夕方。
打ち合わせを終え夕食へ向かう車に乗り込んだのですが——なぜか、会場に着かない。
走っても走っても景色が変わるだけで、目的地らしき気配がない。
「え、どこまで行くの?」と内心思いながら、時計を見る。気づけば1時間。さらに走って2時間ほど経った頃ようやく車が減速しました。
到着したのは、湖畔にたたずむロッジ風のお洒落なホテル。
木の質感が映える建物で妙に“リゾート感”がある。私の想像していた「中国っぽい宴会場」とは真逆で、思わず「ここ、本当に中国?」と感じるほどでした。
ほどなくして夕食が始まりました。
料理が運ばれ、グラスが並び、場の空気も温まっていく。今後の展開について熱く語り合い、お酒も自然と進みます。最初はビール。ここまではまだ安心できる時間でした。
ビールタイムが一段落した頃、空気が変わります。
中国の洗礼——白酒の乾杯が始まったのです。
最初は台湾企業の社長と、笑顔で杯を合わせていました。ここまでは普通。ところが、次の瞬間です。ふと視線を上げると自分の前に見知らぬ中国人が数人、白酒のボトルを手に並んでいる。
「……どちらさま?」
頭が追いつかないまま固まっていると、社長が軽く紹介します。
「彼は協力してくれている成型工場の社長」
なるほど。重要人物だ。乾杯。飲み干す。
次の人がすぐ注いでくる。
「彼はケーブルメーカーの社長」
乾杯。飲み干す。
顔を上げるたびに、ボトルが増える。
気づけば、いつの間にか10人くらいが私の前に並んでいる。まるで“順番待ち”です。
「彼は印刷工場の社長」
「彼はCR部品の商社の社長」
「彼は……」
紹介が続くたびに杯が満たされ乾杯が積み重なっていく。私はお酒に弱い方ではありません。むしろ強い方だと思っていました。でも、白酒は別の生き物でした。度数という数字以上に勢いと空気で押してくる。
そこから先の記憶は、綺麗に途切れます。
次に意識が戻った時、私はホテルのベッドの上でした。
部屋の電話が鳴っていて音で現実に引き戻される。慌てて身支度をしてロビーに降りると、そこにいたのは笑顔の台湾企業の社長。なぜか手には、よく分からないエナジードリンク。
何事もなかったような顔で、彼はそれを差し出しました。
私は受け取りながら、昨夜の光景を頭の中で反芻します。
湖畔のホテル。
白酒のボトル。
そして、並んでいた“社長たち”。
中国のものづくりの現場には「図面や工程表には載っていない大事な要素」があります。