2010年頃、仕事の都合でシンガポールに長期滞在していた時期があります。英語圏のはずなのに最初の数日は「聞こえるのに、なんか分からない」。そんな不思議な感覚がありました。理由はすぐに分かります。そこには、いわゆる“シンガポールのローカル英語”——シングリッシュが普通に流れていたからです。
シングリッシュは、主語が省略されたり、会話の途中で中国語が混ざったりしてテンポが独特です。でも私にとって一番インパクトが大きかったのは別でした。
彼らは 動詞の時制を、ほぼ気にしない。
たとえば、「昨日そこに行ったよ」なら普通は “I went there yesterday”。
ところが、耳に入ってくるのは “I go there yesterday”。
最初は「え、今のって言い間違い?」と頭が追いつかない。でもしばらく聞いていると分かってきます。彼らは時制を動詞で表現する代わりに、“いつ”を示す単語を強く置く。会話の最初か最後で、Yesterday / Tomorrow / Last week みたいな単語をはっきり言えば相手は状況を理解できる。動詞を無理に変化させなくても意味は通る。むしろこちらの方が通じてしまう。
それが当たり前の世界にいると、こちらの「文法が合ってるか不安…」みたいな緊張が少しバカらしく思えてきます。通じるために必要なのは完璧な形より相手に伝えるべき情報の置き方なんだ、と。
そこで気になって、現地の人に聞いたことがあります。
「それで、英語ネイティブの人たちとビジネスする時に困らないの?」と。
返ってきた答えは、驚くほどあっさりしていました。
「問題ないよ」。
理由を聞くと、外交官になったり大企業に就職したりする人たちは、大学などで“正しい英語”を身につけるのだそうです。若い頃はシングリッシュでまずは効率よくコミュニケーション能力を獲得する。必要になったらそのタイミングで標準的な英語へ矯正していく。
これを聞いた時、私は「なんて効率的なんだ」と思いました。
最初から完璧を目指して咄嗟に言葉が出なくなるより、まず“通じる形”でコミュニケーションを回しながら、必要に応じて精度を上げる。言語の学び方としてすごく合理的です。
シングリッシュは英語として美しいかどうかで言えば賛否があると思います。でも私にとっては「伝えるための最短ルート」を体現しているように見えました。
結局のところ、言語はテストの答案じゃなくて相手と意思疎通するための道具。
大事なのは正しさよりも、まず相手に届くこと。シンガポールでそれを教わった気がします。