はじめに
旧Mad Catz倒産~新Mad Catz日本再上陸までの約2年間、この期間について知る日本の関係者は少なく殆ど語られていません。
利害関係が複雑に絡み合い、知っていてもそうそう語れる内容でもありません。
ですが、ここがすっきりしないままでは再びファンの皆さまに愛されるMad Catzにはなれないと思い、中の人はこのブログを書くことを決意しました。
さて、私が語るのはあくまで新Mad Catzが生まれる過程であり、そこで私が直接見聞きし携わった事実を少々のフィクション交えて書き連ねていきます。
一方、私は旧Mad Catzについては殆ど何も知りません。
新Mad Catzにそのまま居残った上級職の社員はおりましたが、彼から聞いた情報はバイアスがかかっている可能性があり、そもそも私自身に旧Mad Catzを語る資格はありませんので話の進行上どうしても必要な場面を除き触れません。
また、私は旧Mad Catz倒産の一番の被害者はユーザーであると考えております。
倒産は多くのビジネス関係者にも多大なるご迷惑をおかけしたとは重々承知しておりますが、当時の各々の立場で多面的な評価が可能なため、話中で登場頂かないと話が成立しない一部の関係者を除き、こちらも極力触れません。
新Mad Catz視点で書き進めますとどうしても一方的なバイアスがかかってしまうと思い、最初に書かせて頂きました。
それではよろしくお願いいたします。
-----------------------------------------------------------------------------------------
【登場人物】
中の人:Mad
D社 社長:P氏
◇ 序章 「その名はサイボーグ」
当時の私はとある国内PC周辺機器メーカーに勤めており、新型マウスの開発・製造を台湾のD社に依頼していた。
場所は台湾桃園国際空港。
D社の社長P氏がわざわざ空港まで迎えに来てくれていた。
P氏 「Madさんお久しぶり~♪また台湾でお会いできて嬉しいです!良いワインを入手したのでぜひ今晩食事に行きましょ~」
出会って3秒で食事のお誘い。
社長のP氏は無類の美食家であり、MADなワインコレクターだ。
Mad 「いえいえ、毎度毎度おいしい食事とワインをご馳走になって。。。今御社に依頼している新型マウスをたくさん売ってお返ししなきゃね。」
P氏 「ありがとうございます!で、実はですね~、今回用意したワインはな・ん・と、Madさんの生まれ年のワインなんです!」
Mad 「それってビンテージじゃないですか!?そんな貴重なワインを私なんかの為に開けてしまっていいんですか?」
P氏 「モーマンターイ!だってMadさんはマイフレンドですからね~!」
P氏は私のことをいつもマイフレンドだと言ってくれていた。
ここから遡ること数年前、私は某No1メーカーに対抗すべくマウスの製造技術に長けたパートナー探しをしていた。
各マウスメーカーには既に彼らの息がかかっており、パートナー探しどころか製造委託できる工場探しすら難航していたのであった。
技術的に新しいことをマウスに盛り込みたい、という私の強い要望がそれをさらに困難にしていた。
「Madさんウチと一緒にやりましょう!私は新しい技術へのチャレンジは大好きです!!」
そう言って日本国内No1メーカーのパートナーの地位を投げ捨て、Madが勤める会社へ全面協力をしてくれたのがD社であり社長のP氏であった。
P氏の全面協力のおかげもあってその後マウスの販売は好調に伸び続け、それに比例してD社の売上・技術力も年々向上していた。
P氏 「食事までまだ時間がありますから先に弊社のオフィスに寄ってもらえませんか?ぜひMadさんに見てもらいたいものがあるんです!」
Mad 「ほぅ、ひょっとしてオーディオ関係ですか?確かBluetoothの音質向上の為に優秀なアナログ音声技術者を雇ったとおっしゃってましたよね?」
P氏 「はい、もちろんそれも見て頂きたいんですが。。実は今とんでもないマウスを開発してるんですよ!」
Mad 「それはそれは、ぜひ拝見したいですね。私も新しいマウスを模索している人間ですし。最近日本のO社の部長さんとよく飲んでると言ってたけどそれ関係ですか?」
P氏 「確かにO社とは高性能なマイクロスイッチの話もしてますけど、全然そういうレベルのマウスじゃないんですよ~。とにかくオフィスで見て頂ければわかってもらえるはずです!!」
とんでもないマウス、か。。
どう「とんでもない」のか?と色々妄想しつつ、彼の運転する車の中で久しぶりの再会を喜び合いながら1時間ほどでD社に到着。
そして応接室に入るやいなや、P氏がなにやら部下に指示してしばし待つこと5分ほど。。
P氏 「Madさんこれです、ぜひ手に取って見てください!」
「凄いでしょー!!これ私たちが開発してるんですよ~」
そこには何とも形容しがたい、真っ白でメカメカしぃ、マウスのような物体が鎮座していた。
パールホワイトで綺麗に塗装されてはいるが、ブランドロゴ等の加飾は一切されていない。
Mad 「??自分たちが開発って、D社のブランドでマウスを販売するんですか??」
P氏 「いえいえまさか、これは某お客さんのマウスです。Madさんでも名前は未だ言えないんです、すみません。。。」
Mad 「いえいえNDAあるでしょうから。。ってこれ私が見ちゃっていいんですか?」
P氏 「私はお客さんのこと何も言ってないからモーマンターイ♪そしてこれはD社にとってとってもビッグなプロジェクトです。だから専門のプロジェクトチームを作って取り組んでますよ~」
本当に大丈夫か?と思いつつ。。このMADなマウスを改めて凝視する。
恐らくゲーミング用なのだろう。。。が、仕事柄それにかかってるコストが一番気になって仕方がない。
その複雑に絡み合った構成部品が発する情報量がとてつもないのである。
ここより数年前の商品ではあるが、メカニックデザインで有名なデザイナーとE社のコラボマウスの「金型だけでで1000万以上かかってる」という業界内の噂を聞いて当時の自分は心底ビビっていたが、目の前のこれはそれの比ではない。
Mad 「ま、まさか発売しないですよね?自動車業界でよくある展示会用のコンセプトモデル的な?」
P氏 「何言ってるんですか、もちろん発売しますよ!物凄い数量のフォーキャスト(発注計画)を既にもらってますから。これの為の工場も新設するんですよ~」
「あとこれは白色ですが、今後本体カラーとケーブルの色違いも増やしていく計画もあるんです♪でもお客さんからの要求が多いのでもぅ毎日忙しくて忙しくて。。。」
Mad 「。。。。。」
単純にSKUの増加は在庫管理を指数関数的に困難にしていくものだ。
カラバリ1色増やすだけで大議論になるわが社のマウスビジネス。目の前で語られている話は、現実では到底あり得ない狂気のプロジェクトだと思えた。
P氏 「近いうちに製品発表があると思いますのでMadさんも楽しみにしていてください!では食事に行きましょ~♪」
その晩頂いたワインは私の生まれ年のビンテージワイン。
P氏には申し訳ないが、あのマウスのことが脳裏に焼き付いて離れなかった為か味は全く覚えていない。
が、P氏との食事は楽しかった。
これから世に求められるマウスの「カタチ」の話題で大いに盛り上がり、お互いのビジネスの発展を願いつつP氏の奥さんの運転でホテルへと戻った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
帰国後、業務に勤しみつつもあのマウスのことが気になって仕方がなかった。
嬉しそうに話すP氏の言葉とは裏腹に、ビジネスパートナー、いやフレンドとしてあのマウスビジネスの行く末に不安を感じていた。
恐らくとてつもなく高額な金型費用はもちろんのこと、構造上、生産立ち上げ時の歩留まりもかなり悪かろうことは容易に想像がついた。
それに加え相当数のSKUバリエーション展開を計画しており、恐ろしく面倒な生産管理と在庫管理が掛け算で襲ってくる。
せめて資本体力のある大手L社や大手PCメーカー向けOEMであってくれ、と心の中で願った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2010年1月
私はCESのアテンダーとして米国ラスベガスにいた。
暇を見つけてぶらぶらと他社のブースを回っていると、なんとそこにP氏が突然現れた。
P氏 「はーい、マイフレンドMadさん!!こんなところで出会うとは奇遇ですね~♪」
「やっぱりCESの熱気は凄いですね~。でも台湾のComputexも負けてませんけどね!」
Mad 「えっ??Pさん何故CESに?っていうか来るなら事前に教えてくださいよ。ウチが毎年出展してるのは知ってるでしょ?」
P氏 「今回は急に呼ばれたから連絡する暇が無かったんですよ。。そ・れ・は・さ・て・お・き、Madさんに是非紹介したいブースがありますから今からそこに行きましょう!私がCESにいる理由もそこにありますよ!」
Mad 「お、おぅ」
私は自社ブースからどんどん離れていくことを気にしながら、しばらく歩き続けた。
到着したのは全く違う会場。というか全く別のホテルの広い一室だったと記憶している。
自分がいた会場より熱気がすごい、と感じた。
P氏 「Madさんを是非彼らに紹介させてください!」
そう言われて数人の外国人と名刺交換をする。
やたら丁重に対応頂く。恐らくP氏は彼らと相当良好な関係を作っていたのだろう。
そして、その会社はゲーミング系で自分もよく知ってるブランドだった。
P氏はやはり私を「マイフレンド」と彼らに紹介しつつ、私とD社との良好な関係を流暢な英語で説明している。
そんな彼らの会話を聞きつつふと展示スペースを見ると、知らないはずなのになぜか自分は知っている禍々しい物体が目に入る。
そう、眼前に鎮座していたのは「あの」マウスであった。
色は記憶とは異なる「黒」
だが見紛うことなき「あの」マウスだ。
P氏とスタッフの会話が終わった。
Mad 「Pさん、このマウスって。。」
P氏 「覚えていましたか。あのマウスですよ!遂に発売なんです!私はこの日を首を長くして待ってましたよ~」
「CESは商談会ですから彼らはあらかたの注文をここで取ってしまいます。私は数日後彼らの受注数を基に生産計画を彼らと一緒に調整して、台湾に戻ったら一気に生産です!これからは忙しくなりますよ~♪」
気色ばみながら話し続けるP氏。
この時の私の心境はというと、すごく安堵していた。
なぜならそのブランドはゲームパッドやアケコンで知っていたし、当時のニュースで知る限り権利関係でちょっと横着な印象はありつつも、積極的な買収でぐんぐん成長している企業との印象を持っていたからだ。
P氏 「Madさん、あの時は何も説明できませんでしたが、是非私にこのマウスの凄さを説明させてください!」
何故かブースのスタッフではなく、P氏が熱心に説明を始める。
いかに操作・カスタマイズ性能に優れたマウスかの説明に加え、開発・試作時の苦労話を自慢げに織り交ぜてくるのが面白かった。
そしてそこで初めて、そのマウスのシリーズ名が「サイボーグ」であることを知った。名は体を表すとはこのことだ、と思った。
その晩、予想通りP氏に夕食に誘われ、彼が好みそうな(高そうな)レストランで食事を摂ることとなった。
Mad 「いやぁ、まさかあの有名ブランドの仕事をしてたなんてPさんも大出世だね~」
P氏 「いえいえ、D社がここまで来れたのはMadさんのおかげだと社員みんな思ってますよ!」
「Madさんの会社との実績は新しいお客さんの開拓に大いに役立ってますし、新しい技術へのチャレンジはMadさんにたくさん鍛えられましたからね!」
思い起こせば確かに、出たばかりの詳細不明のセンサーを真っ先に評価してもらったり、低価格マウスのコストダウンの為に一層基板に全部品を無理やり実装する等の無理難題をお願いしていた。
でもD社の発展は紛れもなくP氏の新技術への飽くなきチャレンジ精神が源泉だ。
私の無理難題に嫌な顔をせずチャレンジし続けてくれたP氏は私にとってもフレンドであり、一緒に戦い続けた戦友である。
その晩は大量のアルコールを浴びながら、お互いのビジネスの将来について大いに語り合った。
P氏の描く野望は、ゲーミングデバイス一色だったのを今でも鮮明に覚えている。
私の会社でもゲーミングマウスをやるべきだと幾度となく力説されたが、さすがに企業カラーが違い過ぎて丁重にお断りした。
が、本心ではチャレンジしたい!P氏とならやれるんじゃ??という思いが強かった。
そして戦友との久しぶりの楽しい晩餐を終え、それぞれのホテルへ戻っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
帰国後、ラスベガス出張の旅費精算等でバタバタしていた頃、会社に小さな海外小包が届いた。D社からだ。
開けてみると旧正月を祝うグリーティングカードと1台のマウス。
「Cyborg R.A.T. 7 Gaming Mouse」
記憶では日本では未だ発売されていなかった。(ひょっとすると米国でも?)
日本では一足お先に、私はCyborg R.A.T.のユーザーとなった。
1章 「ミッドナイトコール」 へ続く