1章 「ミッドナイトコール」

1章 「ミッドナイトコール」

●前日譚となる序章はこちらから

【登場人物】
中の人:Mad
D社 社長:P氏
台湾大手EMS企業:Tさん

私はその後もずっとCyborg R.A.T.シリーズの愛用者だった。
新商品が出る度に買い続けていた。
P氏が開発・製造しているからではなく、単に私の好みに合っていたからだ。

ネットの掲示板ではその重量へのネガティブなコメントを多く見かけた。
一方、そのデザイン、質感やギミックに惚れたファンの「所有欲を満たされる」というポジティブなコメントも少なくなかった。
マウスとはそういうものだ。
普段使うペン。そのグリップの太さ、グリップ感、ブランド、色、重さ、書き味、材質等で人それぞれ好みが異なるが、私はそれと同じだと思っている。

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2016年。私は家庭の事情で転職をし、幕張にオフィスを構える台湾資本のPC関連アクセサリメーカーの代表を務めていた。

前職を離れマウスビジネスには関わっていなかったが、転職後もP氏とは定期的に連絡を取り合う仲であった。
P氏が家族旅行で日本を訪れた際、私の自宅にお招きしたこともあった。

幕張の会社は台湾大手EMS企業のグループ子会社であった。
親会社は大手有名企業のゲームパッドやマウスを製造していた。

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ある日のこと、親会社から出向の役員Tさんが定例のWeb会議になかなか現れない。

携帯を鳴らしてみるが反応が無い。
さてどうしたものかと思案していると、会議開始から20分ほど経った頃ようやく会議に現れた。

T氏  「Madさん長く待たせてしまって悪い!今親会社で大問題が発生していてね。社内にいる役員と事業部長が全員会長室に呼ばれていたんだ。」
Mad 「それはそれは、ただ事じゃなさそうですね。ちなみにどんな問題なんですか?」
T氏  「普段そんなに付き合いが無い連中だから俺もあまり詳しくないんだけど、ゲーム事業部が開発・製造したコントローラーの引き取り問題が発生してるみたいなんだ。」
Mad 「コントローラー?確か大手M社のコントローラー製造してましたよね、親会社は。」
T氏  「違う違う。M社とは長年の付き合いがあるし、そもそもM社には信用上の問題は一切無いから。」
Mad 「そりゃそうですね。世界に名だたる超優良企業ですし。じゃぁその得意先はどこなんですか?」
T氏  「俺は初めて聞いた会社名で忘れちゃったけど、なんでもドデカいギターの形をしたコントローラーを販売してる会社だってさ。で、その未引き取りの在庫金額がこれまた途方もないんだ。」
Mad 「ドデカいギター型?確かK社のゲーム用コントローラーを日本国内のH社が販売してたような。。でも私が拝見した親会社の取引先資料にH社の名前は載ってませんでしたよ。」
T氏  「Madさん何言ってんだい、ウチには日本のお客さんはほぼいないよ。。っていうか日本のお客さんと繋いで欲しくてMadさんを雇ったんだからさぁ。」
Mad 「はぁそうでしたね。。。」 藪蛇だった

T氏は普段からゲーム事業部のメンバーとは可能な限り付き合いを避けていた。
お高く留まっていけ好かない奴が多い、というのが理由だった。
ほどなくして私もとある案件で彼らに相談することになるのだが、全く資本関係の無い他社と商談しているかと錯覚するほど、彼らの対応は徹底的に冷たかった。
ドデカいギターについては会議後に自分で調べてみることにした。

Mad Catz Rock Band 4 Wireless Fender Stratocaster Guitar Controller

国内H社じゃないとすると、検索で出てきたMad Catzのこれだろうか?
発売から結構時間が経っているようだが、発売後1年以上経っても販売が不調で製造分を全数引き取ってもらえない状況、と考えれば辻褄は合うと思った。
どうやら私はMad Catzとは何かご縁があるようだ。

この時ふと頭の中にP氏の顔が浮かんだ。彼のマウスビジネスは大丈夫だろうか?、と。

でもこれは本来外に出ない機密情報だ。間違って世に伝わればMad Catzに財務上の問題があろうが無かろうが、Mad Catzの信用を棄損する風評被害となり得る。
しばらく考えた後、こちらからギターコントローラーの件については何も言わず、D社とMad Catzの最近のビジネス状況を軽く聞いてみる、という体で話を聞くことにした。

Mad 「Pさんお久しぶり!元気にしてた?」
P氏  「元気ですよ~!Madさんはいかがですか?」

普段のPさんの声だ。

Mad 「いや~マウスビジネスを離れてしまって最近のトレンドが把握できなくなってしまってね。そこでMad Catzと取引のあるPさんに色々お聞きしようと思って。」
P氏  「そういうことでしたか~。Mad Catzのマウスは以前より出荷量は減りましたがビジネスは安定してると思いますよ。」
     「Madさんが住んでる日本向けは依然好調だからMad Catzファンが多いんでしょうね~」

商品は、工場から仕向け地に直接送っているようだ。
日本は製造工場がある中国の隣だから、直送は近隣諸国だけかもしれないが。

確かに日本は有名プロゲーマーのおかげでブランディングが成功している。彼らの高いカリスマ性とそれをうまく演出したであろう当時のスタッフの優秀さが伺えた。
ここまでの話ではどうやらMad Catzのマウスビジネスはそこそこ順調のようである。

Mad 「ところで、今後のマウスビジネスの展開についてはどう考えてるんですか?」
P氏  「よくぞ聞いてくれました!実は今、新しいマウス工場を建設中なんですよ~」
Mad 「いや、さっき出荷量が減ったと。安定はしてるようだけど。。工場増やしちゃって大丈夫なんですか?」
P氏  「別のゲーミングブランドのマウスを受注したんです!それもMadさんも絶対知ってる大手ですよ♪」
     「競合ブランド同士ですから機密保持を厳重にしないといけないです。だから工場を新設してブランドごとに開発・製造を完全に分けるようにしたんです。」

P氏との会話の中で、Mad Catzビジネスにおける引き取り問題のような話は一切出なかった。
もしろ全体で見ればマウスビジネスは好調そのもののようだ。

ただの杞憂だろうか?
経験上、日本企業感覚からすると海外企業は結構無理筋の交渉を平気ですることがあり、引取り問題が発生したからと言って財務上の問題があるとは限らない。

ただ、あのケーブルカラー違いという狂気のSKUをどうやってコントロールしてるんだろうか?その他諸々。。
依然気がかりな点もあったが、最近奥さんの夜の飲み歩きが多いというP氏の愚痴を聞きつつ、いつも通り会話を終えた。

その後の自分は業務に忙殺される日々が続き、このことはすっかり忘れていた。

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2017年3月某日

深夜、突然携帯が鳴る。

P氏 「Madさん!とんでもないことになったよ。。。Mad Catzにチャプター7(破産法)が適用されたよ!!」

チャプター7とは簡単に言えば日本で言う「会社が飛んだ」だ。
普段軽快で穏やかなP氏の声は、この時明らかに憔悴しきっていた。

あの時ギターコントローラーの話をPさんの耳に入れなかったことを大いに悔やんだ。


2章 「チャプター7」 へ続く

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